株式会社継手意匠店

  • WORKS
  • FACEBOOK
  • INSTAGRAM

Villa della Pace

PART.5「山」

僕の趣味は山登りだ。山登りによって僕は生かされてきたと言っても過言ではない。アカデミックな世界にアレルギー反応が出る自分へのコンプレックスが泥沼化していた頃。勝手に色んなものに縛られては、自ら進んでダークサイドに行こうとしていたようにも今から見れば思う。けれど山に登って、気づかされた。価値観がガラッと変わった。「俺は今まで何を担いでいたのだろう」と。それ以来、思考をそぎ落とすため、そして自身の状態を投影するために、毎年友人との登山を欠かしたことがない。

ところが、平田さんのプロジェクトにかかりきりだった1年間は、数回しか山に登っていない。忙しかったからとかそういう事ではなくて、このプロジェクト自体が僕にとっての「山」だったからだ。自分の背負える最小限の荷物で向かう感じは本当に登山の感覚に近い。何が正解なのかは分からないけれど、互いに励ましあって“それ”を掴みにいく。平田さんはこのプロジェクトにおける僕の“バディ”だったと思っている。

2020年11月にオーベルジュ全て無事竣工した。これが完成形なのかと言われると分からない。自然とともにあるこの場所が、生き物のように変化していってくれたらと思っている。「このプロジェクトを通して、僕は価値観が変わったんです」と平田さんが言ってくれるのを聞くたびに、僕は嬉しくなる。なぜなら僕もそうだから。「ビジュアル的にかっこいい仕事かどうか」という価値観は正直もう僕の中にはない。今でもこの案件でもっと突き抜けたデザインをできた人は世の中にいっぱいいただろうとも思う。けれど、僕と平田さんが作り上げてきた時間と、そこからアウトプットされたものは唯一無二だと思っている。

思い返せば平田さんと最初に意気投合した話題は、若い頃に好きだったライブハウスとかバンドの話だった。(彼は今でも無地TかバンTしか着ない)。難しい話を抜きにして、無邪気に盛り上がった。そういう人たちと一緒だと僕は結構頑張れるなという事も最近わかった。アカデミックな世界とは無縁な僕を信じて依頼をしてくれて、全身全霊でぶつかってきてくれた依頼主に、僕は何を返せるか。これからは、そこだけを見つめて仕事をしていきたいと思っている。